多様性を受け入れる就業規則の作り方
今、会社にある就業規則はどのように作成されたでしょうか。
「法律で決まっていることを淡々と書いた」
「現状を整理して、就業規則の条文として落とし込んだ」
「会社のリスクヘッジを考えて、懲罰規定を厚めに作りこんだ」
そういうケースも多いかもしれません。従業員が10人以上の会社は就業規則を作らないと罰則があるため、規模が小さな会社ほど「とりあえず作った」というケースは少なくないでしょう。
会社としてのリスクを減らすために、就業規則はどうしても、「従業員の行動を縛る・制限する」という方向性が強く出てしまいがちです。会社としては当然のことなのですが、縛る一方の就業規則は社員にとって息苦しいものになってしまうこともあります。
そもそも、会社のルールは、「社員を縛るためのもの」ではなく「社員が幸せになるために作るもの」であるはずです。就業規則はWell-beingを実現するためのツールの一つです。
働き方改革を皮切りに、多様性を求める声は一層強くなってきました。Well-beingの実現のためには、この声に応えていく必要があるでしょう(言うことを聞く、ということではなく)。
では、具体的にはどうすれば良いのかというと、就業規則の中に「新しい軸」を入れることを意識してみてください。
例えば正社員しかいない会社で、就業規則が下記のような規定になっていたとします。
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第●条(社員の定義)
正社員:期間の定めの無い雇用契約により雇用される者
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このケースだと正社員という軸しかないので、「今後も有期雇用やパートは認めないのか?」という疑問が出てきます。そういう場合は「有期雇用のパート・アルバイト」が出てくる可能性を話し合い、新しい軸をルールとして追加していくことになります。
さらに、「今後子育てや介護でフルタイム勤務が難しくなった場合はどうする?」「またパンデミックが起こってリモートしかできない社員が出てきたら?」と想像し、限定正社員制度や時短勤務制度を整えていくことも考えられます。
「多様性を認めるためには、むしろルールなんてない方が良い。都度話し合って決めれば良いじゃないか」という意見もあると思います。これも1つの考え方であると思います。しかし、何もない白紙の状態から物事を決めていくことは、思いの外、難しいものです。
1つの軸・基準が出てくることで、「これもあった方が良い」「あれも決めておいた方が良い」という判断がしやすくなるのです。反対に、会社や従業員にとって不要なルールは対話の中でなくなっていくことが理想的ではあります。
もし「フルタイム勤務の正社員」という軸しかないと、そこに当てはまらない人をどんどん排除していくことになるおそれがあります。
例えば、「今は独身だからバリバリ働けるけど、結婚して子どもが生まれたらどうなるだろう?」と不安に思った社員が、就業規則を見たときに正社員の規定しかなく、休暇も少なければ転職を考えるかもしれません。
急に親の介護が必要になった社員がいて、リモートであれば仕事を続けられるのに、会社として規定がないために辞めてしまうケースもあることでしょう。
そういう事態を防ぐために、就業規則にはできるだけ新しい視点を入れることを推奨していますが、意識してみていただきたいのが、哲学用語の”レンマ”の考え方です。
レンマの中には、「肯定でも否定でもないと同時に、肯定でも否定でもある」という”容中律”の理論があります。
YESかNOしか認めない西洋的な排中律の考え方と比べると、容中律は是と否の「間」を認めるという東洋的思想です。
「こういう働き方でないと認めない」というのが排中律だとしたら、「こういう働き方もできるんじゃないか」という曖昧さを許容し、考える余地を生み出しているのが容中律と言えます。
働き方改革や新型コロナウイルスの大流行の影響で、人々の働き方は大きく変わりました。社会情勢もめまぐるしく変わり、将来の予測が立たないVUCAの時代に突入しています。従来のように「こうでないといけない」と社員を縛り付ける就業規則は、変化の激しい現代にはそぐわなくなってきました。
法律として決められた部分はきちんと押さえつつも、容中律の「間」の考え方を取り入れたゆとりのある就業規則。必要に応じてみんなで話し合いながら細部を練り上げる新しい就業規則こそ今求められているのではないでしょうか。
以下、就業規則を実際に作っていくときに重要なポイントを挙げていきます。
- @社員区分の明確化
- A時間管理:裁量労働などの変形労働時間
- B服務規律や懲戒
- Cメンタルヘルス(健康診断、ストレスチェック、産業医、休職制度など)
- Dハラスメント
@社員区分の明確化
この社員区分の確認は規程を作るにあたって大原則となります。特に今後、いろいろな働き方をする人が出てくることを踏まえ、「誰にその規程が適用されるのか」「誰には適用されないのか」をはっきりさせておかなければいけません。 正社員や契約社員、アルバイト、短時間正社員など、様々な雇用形態の方が存在しているので、まずは全ての規程に「誰が適用されるのか?」を明確に記載しましょう。ここの記載がない場合、アルバイトなども全て含めて正社員と同様の規程が適用されるということになる可能性もあります。
時間管理 裁量労働などの変形労働時間
今回の働き方改革でのポイントにもなっている、時間管理の部分です。これに関しては極力、多様な働き方ができる規程を作る必要があります。例えば、現在は「今まで、そんな働き方はしなかったよ」「そういう労働者はいないよ」と思っていても、「将来的にやるかもしれない」と今後の可能性を盛り込んでおくことは重要です。
例えば、
- ・1年単位または1カ月単位の変形労働時間制
- ・フレックスタイム
- ・各種の裁量労働制
- ・事業場外のみなし労働
といったような制度があります。 どのような働き方をする社員が今後増えるか、または増やしていきたいかといった会社の方針と合わせて検討していく必要があります。
B服務規律、懲戒
当然のことではありますが、服務規律と懲戒はしっかり記載をしておかなければなりません。 服務規律は一緒に働く上で守るべきものとして、会社の姿勢というものをしっかりと表現するものです。それとともに、「どうしても規程を守ってくれない社員」に対する懲戒を設けることも重要です。 会社側は就業規則に記載されている懲戒しかできないので、「こういうこともあり得るな」と性悪説に立ちながら様々なトラブルを想定して、しっかりと事前に定めておく必要があります。 トラブル発生時に柔軟に対応できるよう、何をしたら懲戒に該当するかという事由をできる限り想定し、多く列挙しておく方が良いでしょう。繰り返しになりますが、就業規則に記載されていない事由に基づいての懲戒は行えません。
Cメンタルヘルス(健康診断、ストレスチェック、産業医、休職など)
メンタルヘルス関連のルールもしっかりと規定しておかないといけません。今回も法改正の中で、様々な安全配慮義務の決まりが出てきています(例:労働者50名以上の事業場であれば、1年以内毎に1回ストレスチェックを実施する義務がある) また、特に重要なのが、休職制度のことです。近年の多様な働き方の中で、ストレスを感じてしまう人や休職をせざるを得ないメンタル不全で休職する方も現れてきています。もちろん身体的な体調不良を抱えている方もいますが、最近では精神疾患で休職する方も増えてきています。そのような時に休職をしてもらって、「どれだけの休職期間(待っている期間)を設けるのか」「休職期間を過ぎても心身ともに回復しきれていないと判断した場合は退職とするのか」、このあたりのルールをはっきりとさせておくことが非常に重要です。 ルールが不明確な状態になっていると、傷病の回復の見込みがいつ立つか分からない社員への対応がうまく取れず、ずっと休職状態のまま在籍させているというようなことになる可能性もあります。
Dハラスメント
セクハラやパワハラなど、あらゆるハラスメントを防止するためには「このような行動、言動はハラスメントになるから絶対駄目ですよ」という決まりを、就業規則に定めて周知することが必要です。 起きないに越したことはないのですが、以下の内容もきちんと明記していくことで、起きてしまっても速やかに調査をして対応できるよう準備をしておくことが重要です。
- ・ハラスメントが起きたときの通報の仕方(どこに連絡すれば良いか)
- ・社内対応の流れ(対応会議、当事者へのヒアリングなど)
- ・各種の裁量労働制
- ・ハラスメントが起きた後の対策方法(当事者の関係性回復援助、再発防止策の実施など)
ハラスメント問題は非常にセンシティブな問題です。ハラスメントを行っている者への対策を秘密裏に行ったり、被害にあった社員の方には配慮したりするなど、プライバシーを守りながら対応する方法もきちんと決めておく必要があります。 また、最近はハラスメント自体がかなり多岐に亘り、代表的なパワハラやセクハラ、マタハラ以外にも様々なハラスメントが主張される可能性があります。 ハラスメントが発生した後の迅速な対応ももちろん大切ですが、そもそもハラスメントが起きない風土作り(研修等でハラスメントへの理解を深めたり、社員間関係性作りなど)も大切になってきています。