1.「共同幻想」としてのルール
私たちは現在、様々なルールを守りながら生きています。法律があり、会社や学校でのルールがあり、また家庭の中や友達関係の中でも明確に決められたものであれ、またなんとなくみんなが守っているものであれ、ルールがあります。では、そのルールはどのようにできたものなのでしょうか。
私たちはルールには「共同幻想」としてのルールと「共同創造」としてのルールがあると考えています。まず、わかりやすいのが「共同幻想」としてのルールです。共同幻想としてのルールは言い換えれば機械的に意図して人間が合理的につくったもので、それを皆が信じることで成立するルールです。法律や会社の就業規則、軍隊の規律など、多くの人をまとめ秩序を維持し、その集団の目的を達成したり社会を安定させるために必要なもといえます。これは組織論的でロジカルで合理性が全面にでてきます。
イギリスの人類学者であるロビン・ダンバーによって提唱された有名な「ダンバー数」では、人間が安定した社会的関係として維持できる他者の人数の上限がおよそ150人前後であるとされています。これは私たちも感覚的に合意できるのではないでしょうか。ベンチャー企業でも社員数が100人から150人をこえてくる規模になってくると、それまでなかったルール作りが必要になってくることが多いのです。
ホモ・サピエンスが150人という認知の限界を超えて協力し合えるようになったのは、形のないものを共通認識として信じられるようになったからだと言われています。お金や国家、宗教、王様の権威といった共同幻想を信じることで、何万人もの共通の動きが可能になりました。これは制度として国などのその集団をまとめるための「共同幻想」として、誰かが合理的に考え出したものなのです。現在の国境や各国の通貨や法律や会社の就業規則などは、このように作られてきたものであり、このおかげで人間は便利で発展した社会を手に入れてきたと言えるでしょう。
2.『共同創造』としてのルール
一方で、合理的に考えられたものでなく、人と人とが集まって活動していく過程で自然と生まれてくるルールがあります。いわば、人と人との間に立ち上がる世界であり、これを「共同創造」としてのルールと言います。このルールは、そこにあるけれども目に見えない、信頼関係や共通の体験に基づいています。多くの場合、数値化などはできませんが、組織を本当に生かしている土台となる領域なのです。
共同創造を理解する上で重要なのが、「主観的普遍性」です。これは、100人いれば100通りある個人の主観的な体験や「偏愛(好きなこと)」を、対話を通じて共有し、「これ、いいよね」という「共通感覚」に変えていく作業の中で自然と作られる普遍性を言います。 人はそれぞれ、自分の「好き(偏愛)」や「得意」といった独自の価値観を持っており、それは内的動機としての「偏り」ともいうことができるでしょう。
この個人的な「偏り」が、人と人の「あいだ(関係性)」、つまり、対話の場において開かれることで、単なる個人の思いから、皆が「これ、いいよね」と感じ合える共通感覚へと変化するのです。
このようにして、誰かに強制された「正解」ではなく、みんなの中から自然に湧き上がる「納得感」が共同創造のベースになります。
例えば、「朝9時出社」という合理的なルール(上記で説明した共同幻想)とは別に、「挨拶をするのは当たり前」「この情報は〇〇に関わるみんなに共有しておくべき」といった、明文化されていなくても「私たちの場」で自然に行われている気遣いや習慣がコミュニティにはあります。これが主観的普遍性から生まれてきた「共同創造」としてのルールなのです。
共同幻想をベースとした組織が合理的ルールで最も効率的に動き続ける工場であるなら、共同創造の組織は「森の生態系」に例えられるでしょう。 森では、厳しい環境下でも草木が生き生きと育っています。それは一本の木が頑張っているからではなく、植物、微生物、昆虫、動物たちが長い時間をかけて支え合い、土壌を作ってきたからです。組織も同様に、一人ひとりが「成長点」となり、対話を通じて土壌(文化)を豊かにしていくことで、持続的な成長が可能になるといえるでしょう。
3.二つのルールの「重なり」と「生命論的組織」への変容
これからの時代の組織において、これら二つのルールは決して切り離されるものではなく、その「重なり」と「優先順位」を正しく理解することが極めて重要になります。私たちが目指すべきは、「共同創造」という豊かな土壌の上に、必要最小限の「共同幻想」が存在する状態です。
信頼やケア、共感といった「共同創造」の領域が育っていない組織に、厳格な就業規則や人事評価制度といった「共同幻想」としてのルールだけを導入しても、それは人を縛るだけの「管理」にしかなりません。しかし、人と人の「あいだ」に生きた繋がりがある組織であれば、ルールは上から押し付けられる「制約」ではなく、自分たちの価値観を形にした「文化の表現」と認識することができます。
もちろん、日本で生きていく上で法律は守らなければならないものであり、会社であれば労働基準法を守った就業ルールを作らなければなりません。一人一人の人生にとって、その命を輝かせるライフフィールドに包まれた一部に仕事をするワークフィールドが存在するのであって、ライフフィールドと別の場所にワークフィールドがあるのではありません。であるなら本来働く場のルールは「共同創造」があっての「共同幻想」であるべきなのです。
カンパニーブレイン(Company Brain)の時代へ
これからはカンパニーブレイン(Company Brain)の時代が来ると言われています。これは、生成AIの進化によって、これまで人間が担ってきた「考えること」「覚えること」「整理すること」「予測すること」といった知識労働そのものをAIが代替し、組織全体の知性として機能する時代を指します。カンパニーブレイン時代における役割分担は明確です。AIが会社の知識や経験、判断材料を保持する「頭(知性)」の役割を担う一方で、人間は「いのち」の領域を担うことになります。 AIは売上や生産性などのデータを分析することは得意ですが、「なぜ頑張れるのか」「どこに居場所を感じるのか」といった、人と人の「あいだ」に存在する感覚を捉えることはできません。AIによって情報格差や分析力の差がなくなっていくこの時代において、企業の価値は「知識量」ではなく「関係性の質」によって決まるようになります。人が人を信頼すること、誰かを気にかけ慈しむ「ケア」、共に未来を描くこと、弱さを受け止めることなどはAIにはできません。信頼し合い支え合う「関係性の質」を土台にすることで、思考や行動の質が高まり、持続的な成果(結果の質)に繋がるという循環が、この時代の最大の経営資源となります。そういった意味でも「共同創造」としてのルールを持てるかどうかが、その組織にとって大切なことになるのです。
4 「AIDAがうまれる人事制度」の具体的構築プロセス
これからの時代の人事制度づくりにおいて、私たちが大切にしているのは、プラモデルのような完成品の設計図を外部から持ってくるのではなく、「場から生まれてくる制度やルールを生成していく」という考え方です。まず前提として、もし皆さんの会社に今、人事制度やルールがあるならば、そこには5年、10年、あるいは30年、50年という長い社歴の中で積み重ねられてきた歴史があります。私たちは、まずそれに対してリスペクトの敬意を払うことから始めます。
その上で私たちが目指すのは、「コミュニティ経営」です。これは、単なる仕組みの導入ではなく、身体性を伴う繋がりのある職場、および経営を指します。身体性が伴わない一人ひとりの実感から切り離された制度やルールには、本質的に意味がありません。これまで見てきたように、コミュニティ経営へとシフトしていくには、人事制度を徐々に「AIDAがうまれる人事制度」にしていかなければなりません。つまり、制度を先に決めて社員に当てはめるのではなく、人と人の「あいだ(AIDA)」にある感情や信頼関係を丁寧に見つめ、そこから自然に立ち上がってくるルールを形にする「生成型」の人事制度とすべきなのです。
具体的な人事制度構築手法の一つとして、以下のようなプロセスがあります。
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組織のAIDAマップによる「違和感」の可視化
まずは「組織のAIDAマップ」を活用し、目に見えない信頼やケア、エネルギーの循環を可視化します。このとき重要になるのが、現場で起きている違和感や「もやもや」です。もし今、既存のルールに対して「何か違う」と感じることがあれば、それを変革の力に変えていく必要があります。それは単なる「制約からの自由(勝手気まま)」ではなく、自分たちで自分たちのルールを律していく「制約への自由」という形で、自ら変容する力を獲得していくプロセスなのです。
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共通体験・共通感覚・共通認識のプロセス
「組織のAIDAマップ」で場の状態を整えながら、以下のステップを通じて制度を生成していきます。
共通体験:対話の場を通じ、個人の「偏愛(内的動機)」を分かち合うことで、身体性を伴う具体的な経験を共にします。
共通感覚:100人いれば100通りある主観的な体験を対話の場に通し、「これ、いいよね」という共通の納得感(主観的普遍性)へと昇華させます。
共通認識:その感覚が深まり、組織内での「当たり前の振る舞い」や「生きた常識」として定着していきます。
AIの活用
この過程において、場に出された多くの意見を集約して全体像として示し、それに基づいた「本質的な問い」を提示するためにAIを活用します。このAIからの問いかけが、参加者同士のさらなる深い対話を誘発し、主観を普遍性へと深める触媒となります。
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最後に立ち上がる「生命論的制度」
このプロセスを経て、最後にはじめて賃金や評価といった「制度(共同幻想としてのルール)」が立ち上がります。 これは、誰かが決めた借り物の言葉ではなく、一人ひとりの主観的な体験に紐づいた言葉がベースとなっているため、強い身体性と納得感を伴います。
多くの場合、この段階から人事制度の7つのしくみの「どの部分がたりていないのか?」「今どの機能を構造化し、ルールとすべきか」といった議論ができるようになります。そのうえで、必要に応じて人事制度7つのしくみのベースとなるキャリアコースや等級基準を作成し、必要な部分の制度を構築していきます。
私たちは、出来上がった結果としての制度以上に、壊しては作り直し、絶えず続いていく「プロセスそのもの」を大切にしています。これらの作業は決して合理的、効率的とは言えないかもしれません。しかし、社員自らがこの生成のプロセスに関わることで、制度は「人を縛る道具」から、一人ひとりが自分のいのちを表現するための「自分たちの願いの集合知」へと変容するのです。
長い間、機械的なピラミッド型組織であった多くの企業において、急にこのような制度に切り替えることは容易ではありません。しかし、過去をリスペクトしつつも、時代の流れに応じて、少しずつでも生命的で一人一人の命が輝く自律分散的な組織に変容していくことも重要と言えるでしょう。